東レ発新規事業『MOONRAKERS』西田CEOの次なる挑戦。事業成長のヒントは、いつだって「目の前」にある——TMIP Innovation Awardから始まる共創ストーリー

西田 誠

西田 誠

MOONRAKERS TECHNOLOGIES株式会社 代表取締役

1993年東レ入社。
20代で当時の先端素材フリースの新規事業に挑戦。ユニクロへの飛込営業で大型契約を獲得し、東レと同社の取組のきっかけをつくった。2度目の新規事業では、素材から最終製品までサプライチェーンの延伸に挑戦。7年で50億円規模まで拡大し大きな成功を収めた。これらの新事業は今や約1兆円規模に成長した東レ繊維事業を支えるコンセプトの先駆けと言えるものであった。
現在、3度目の新規事業として先端技術による“服の進化”と、問題の多いアパレル産業の革新による“シン繊維産業”の創造を目指すD2Cプロジェクト『MOONRAKERS』に挑戦中。2023年末に「出向起業」制度の活用でスピンオフによる独立会社を設立し、昨年「日本新規事業大賞」を受賞するなど、現在大きな注目を集めている。

守屋 実

守屋 実

新規事業家

ミスミに入社後、新市場開発室でメディカル事業の立ち上げに従事。2002 年に新規事業の専門会社エムアウトをミスミ創業オーナーの田口氏とともに創業、複数事業の立ち上げおよび売却を実施。2010 年に守屋実事務所を設立。新規事業家としてラクスル、ケアプロの創業に副社長として参画し、2018 年にブティックス、ラクスルが 2 か月連続上場。博報堂、JAXA などのアドバイザー、東京科学大学客員教授、内閣府有識者委員などを歴任。近著に『新規事業を必ず生み出す経営(日本経営合理化協会)』、『起業は意志が 10 割(講談社)』、『DX スタートアップ革命(日本経済新聞出版)』、『新しい一歩を踏み出そう! (ダイヤモンド社)』など。

中川 果南

中川 果南

TMIP事務局(三菱地所)

大学卒業後、商業施設の運営会社に入社。商業施設のプロモーション企画・推進、SNS運営に従事。2021年より三菱地所にて、大企業を中心とした新規事業やイノベーション創出のためのオープンイノベーションプラットフォームTMIP(Tokyo Marunouchi Innovation Platform)の広報担当として情報発信業務全般を担う。

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TMIP Innovation Award――大企業を対象に「社内外の壁を越えて新たな価値・事業創出に取り組んでいる優れた事例」を表彰するアワードで2024年度優秀賞に輝いたのは、東レ株式会社(以下、東レ)が持つ先端技術と強力なサプライチェーンを生かし、超高機能なアパレル製品を直接消費者に届ける新ブランド『MOONRAKERS』でした。

参考記事:日本が誇る先端技術をいかした アパレル製品で、人々の生活を変える——「TMIP Innovation Award 2024」優秀賞:東レ『MOONRAKERS』

アワード受賞後、TMIPとのコラボレーション企画をきっかけに、『MOONRAKERS』は「PRINT SERVICE」を開始。本格的にtoB事業に乗り出しました。

今回は、東レの新規事業として『MOONRAKERS』を立ち上げた後、出向起業一時退職制度を活用してスピンオフを実行、現在はMOONRAKERS TECHNOLOGIES株式会社の代表取締役を務める西田誠さん、「TMIP Innovation Award」の審査員で、TMIPメンターでもある新規事業家・守屋実さんをお招きし、『MOONRAKERS』を伴走支援しているTMIP事務局の中川果南も交えて鼎談を実施。

受賞までの道のりやその過程にあった困難、突破口を紐解くと共に、「TMIP Innovation Award」が果たした役割、そして新規事業に挑戦する面白さについて語り合っていただきました。

突破口は、地道な「11のコミュニケーション」

——TMIP Innovation Award 2024」受賞までの過程でどのような壁がありましたか?

西田:MOONRAKERS』にとって最大の壁は、「認知度を高めること」でした。東レという日本を代表する素材メーカーの新規事業として立ち上がった事業なので、創業当初から製品の品質には自信がありましたし、強固なサプライチェーンも構築できていました。ただ、会社としても個人的にもtoCビジネスの経験がなかったため、マーケティングやブランディングに関しては全くノウハウがなく、事業立ち上げから1年半ほどはとにかくもがき続けていました。

最初は他のアパレルブランドと同様、新聞や雑誌などに広告を出してみたり、SNSでファンを増やす施策をしてみたりしたのですが、まったく売れなかった。初年度のEC販売なんて年間で200万円ほどでしたからね(苦笑)。自分たちが誇りを持つ技術が誰からも認められないように感じて、とても苦しい時間でした。

MOONRAKERS TECHNOLOGIES株式会社 代表取締役 西田誠さん

——そのような状況をどのように打開したのでしょうか。

西田:会える人、会いに来てくれた人。そんな目の前の一人に『MOONRAKERS』の良さをどう伝えられるかに全力を尽くしました。まあ正直、戦略的にそうした、というよりは「それしか手がなかった」のですが。事業立ち上げから1年ほどが経った20217月には東京・日本橋にショールームをオープンしたので、そこを訪れる方々ととにかく徹底的にコミュニケーションを取ることにしました。

製品に対するこだわりや、私たちが『MOONRAKERS』に込めた想いはもちろんのこと、日本の縫製工場が抱える問題や、その問題を引き起こす原因となっているアパレルビジネスの現状など、さまざまなことについて熱を込め話しました。来られた方はご存じですが、相手のご都合が許せば大体平均で1時間半。長い場合は食事などもしながら5時間を超えることもありました。とにかく目の前の人に想いを伝えることに注力したのです。

そうした対話を繰り返すうち、直接お話をした方が、ご家族や友人に『MOONRAKERS』のことを話してくださるようになりました。口コミで認知度が段々と上がっていったわけですね。そうして、売上も段々と上がっていきました。

1人の方に何時間もかけて製品の良さを伝えるのは、一見すると非効率ですよね。広告を打てば数万の人々に『MOONRAKERS』という名前は知ってもらえるわけですから。ですが、試しにやった広告は全く反応がない。それは、当時のわたしたちの拙い伝え方では、短い広告で『MOONRAKERS』の良さを伝えきることが出来なかったということだったと思います。『MOONRAKERS』は、実は非常に壮大で複雑なプロジェクトで、少なくともそれまでやってきた広告ではその魅力がかなり薄まってしまっていたと思ったんです。であれば、非効率かもしれないけれど、時間をかけて「目の前の1人」に『MOONRAKERS』のすべてをしっかりと知ってもらおうと。その結果、プロジェクトの本質の熱量がしっかりと伝わり、それがその方の向こう側にいるたくさんの人にも伝わることになったのだと考えています。

必要なのは「目の前の1人」を感動させること

——「目の前の人に伝える”こと」に振り切ったことが、結果的に売上につながったということですね。

西田:そうですね。先日、D2Cに詳しいマーケターの方とお話しする機会があったのですが、彼が「アパレルのD2Cブランドは『売ること』を重視するあまり、流行や売り方を真似てしまうことでブランドとしての軸がぶれてしまっている」と言っていました。そういった「売ること」ばかりを重視した姿勢がお客様に伝わってしまい、結果的にお客様が離れてしまう要因にも繋がっているそうです。

その点で言うと確かに、『MOONRAKERS』は創業以来、軸はぶれていないと思います。お客様の生活が一変するような製品を、縫製工場に負荷をかけず、むしろWin-Winの関係になるようなつくり方でつくること。それが私たちの理想だし、その理想を追求してきました。また、「売ろうとしない。ただ知ってもらうことに全力を尽くす」というのもずっと変わらない方針です。それは、技術にもそのモノづくりにも自信を持っているからこそです。知ってもらった結果、買っていただければもちろん嬉しいですが、何よりもまず私たちは日本が誇る「先端技術」や「モノづくり」を知ってもらいたいという気持ちが強い。

だからこそ、長い時間をかけてお客様一人ひとりとコミュニケーションを取ってきましたし、それは結果として一般的なマーケティング手法とは全く異なる特殊なものとなりました。しかし、そうした「売る」にフォーカスするのではなく「とことん知ってもらう」ことを重視する姿勢がお客様に伝わり、目の前の一人の方の「感動」につながったように思います。逆説的ですが、それが結果的に売上につながったのではないかと考えています。

守屋:テレビCMでもWeb広告でも、マスに向けてメッセージを発信する際は、どうしても「多くの人に刺さりそうな言葉」を使わざるを得ませんよね。一方、11で話すときはメッセージをカスタマイズできる。「この人は服に何を求めているのだろう」「どんな点に感動してくれるだろう」などと考えながら、その人に向き合って話すことになりますよね。

西田さんも、何百、何千というお客様と直接お話をするなかで、ブランドとしての軸はずらさず、その都度メッセージを少しずつ変えていたのではないかと思うんです。とても時間も手間もかかることだとは思いますが、消費者がさまざまな情報とメッセージにさらされている時代だからこそ、そういった「一人ひとりに寄り添った言葉」が必要なのだろうと思います。

TMIPメンター/新規事業家 守屋 実さん

西田:ありがとうございます。言われて初めて気づきました!(笑)そう、守屋さんがおっしゃるとおり、これまでお客様と対面して語る中で、言葉をさまざまな形でカスタマイズしてきました。そういったカスタマイズを繰り返すなかで、自分たちが他者と決定的に異なる重要なコアを、いくつも見つけることができました。

だから、これからはその重要なコアを現実にすることが重要だと考えています。『MOONRAKERS』という事業を加速させることで、先端技術の素晴らしさを知っていただき、生活を快適で便利な未来に変えていただき、ユーザーからアパレル、縫製工場から素材工場にいたるモノづくり全体を活気づける。それは引いては地域社会に雇用を生み、日本社会を活性化させることに繋がっていきます。『服を変え、産業を変え、日本社会を変える』そんなチャレンジを『MOONRAKERS』は続けていきたいと思っています。

TMIP Innovation Award 2024の受賞が、かけがえのない繋がりに

——TMIP Innovation Award 2024」での優秀賞受賞は、事業にどのような影響をもたらしましたか?

西田:プロジェクト/ブランドとしての知名度が上がったことはもちろんですが、「大企業発の新規事業」としての認知度が向上したと感じています。「新規事業立ち上げ」をテーマとした取材や講演依頼が数多く舞い込むようになりましたし、そういった取材を通して『MOONRAKERS』の名前を発信できるようになったことは、事業にもよい影響をもたらしていると思います。

ただ、「TMIP Innovation Award 2024」に参加したことによって得られた最大のメリットは、かけがえのない仲間と出会えたことです。2024124日に開催された最終選考に参加した5人のメンバーはとても仲がよくて、現在も時折連絡を取り合っています。

今でも印象に残っているのが、5人で食事をしようということになり、その際に自分の口から、「この5人が推進している5つの事業のうち、1つは必ず事業として成功させよう」という話になったんです。

西田:新規事業の難しさやその多くが失敗に終わってしまうことは、その場にいる全員がよく知っています。新規事業の9割方が日の目を見ずにクローズしてしまうと言われています。だからこそ、「確率上で言えばこの中でもし成功するとしても1つ。残りの4つは潰れる。でもこの5人の中で、一つ大きな成功を収めればそれは奇跡だし、それで世界は必ず変わっていく。そんな奇跡を起こすためにも、ここにいる5人が応援し合い、支え合っていこう」という話をしました。

もちろん、それぞれが属する会社はバラバラですし、同じ事業にコミットするわけではありませんが、そのとき「この5人は間違いなく『仲間』だ」と思いました。これまでいくつかのアワードやコンペティションにも参加しましたが、そういった繋がりができたのは、「TMIP Innovation Award」が初めてだったので、非常に嬉しかったし、そういった出会いがあることが、このアワードの特徴なのだと思います。

守屋:さまざまなピッチイベントなどの審査員をさせていただく機会がありますが、そういったイベントは大きく2つに分けられると思っています。一つは、イベント自体が「ゴール」になっているもの。もう一つが、「スタート」になっているものです。

TMIP Innovation Award」は間違いなく後者ですよね。「優れた新規事業を表彰する」という側面もありますが、「事業成長の起点となる」ことを重視している。当然、このアワードに参加する人たちも「ここがスタートなんだ」という気持ちを持っていると思います。「その先」を見つめている人が多いと思いますし、そういった目線を共有できる方々だからこそ、継続的な関係性を築けたのではないでしょうか。

中川:アワードを通してそのように感じてもらえていることは何よりも嬉しいです。私たちTMIPは、丸の内エリアに集まる人や企業の交流を促進して事業成長の舞台となるように、オープンイノベーションプラットフォームの運営をしています。さまざまな企業と対話しながら事業成長の支援をさせていただく中で、新規事業担当者が抱えるリアルな悩みについて聞く機会も多くありました。

新規事業を生み出すために「何が足りていないのか」「何が必要なのか」「提供できる価値とは」を模索し、2024年にはリブランディングを実施。新規事業や共創のきっかけとなる場を提供するのみならず、日本に「新規事業文化」を根付かせる起点となるべく、その成長に伴走するプラットフォームへと舵を切りました。

そういった流れのなかで、まさに共創の「スタート地点」として「TMIP Innovation Award」を設立しましたので、このアワードをきっかけに西田さんが新規事業を共に推進する仲間と出会えたことは、私たちにとっても喜ばしいことだと思っています。

TMIP事務局 中川果南

大企業の新規事業担当者にこそ、「社外の仲間」が欠かせない理由

——これまでさまざまな企業の新規事業創出をサポートしてきた守屋さんから見た、「社外の仲間」の重要性を教えてください。

守屋:先ほど西田さんからもありましたが、新規事業は十中八九失敗するんです。でも、それは裏を返せば、「十中、一か二は成功する」ということ。言い換えれば、どんな企業も10個の新規事業を立ち上げれば、そのうち1つか2つは形になるんです。

ここに、大企業の優位性があると思っています。大企業には「1つか2つ」の成功事例を生み出すまで、新規事業に挑み続けられるだけの体力がある。これは大企業ならではの強みです。多くのスタートアップには、成功事例を生み出すまでチャレンジを続けられる体力がありません。そういった意味では、僕はスタートアップよりも大企業の方が新規事業創出に向いていると考えています。

しかし現実を見ると、大企業発の新規事業の成功事例はそう多くありません。その理由はさまざまですが、大企業内ではほとんどの人が既存事業の方を向いており、新規事業が「異物扱い」されていることが、新規事業を成長させる上での大きな壁になっている。

新規事業担当者がそういった壁を乗り越え、何度も何度もチャレンジするためには、社内からの応援も重要ですが、社外の仲間の存在も必要だと考えています。大企業の新規事業担当者は孤独になってしまうことが多いので、その孤独を分け合う仲間の存在が心の支えになるんです。

 

西田:本当にそうですよね。「TMIP Innovation Award」で出会った4人の方々は、所属する組織は違いますが「大企業で新規事業に挑んでいる」という点で共通していて、同じ立場にある仲間だという意識がある。だから、集まって話していると、孤独が癒される感覚になるんです。

5人で集まって、それぞれの苦労や壁の乗り越え方を共有し、アドバイスを送り合う。そういった存在に出会えたことは、今後の事業運営の上でもとても重要なことだと考えています。

守屋:新規事業担当者として、半年先、あるいは1年先を走っている人の言葉って非常に意味があるんです。これが既存事業の場合、少し話が違ってくる。たとえば、西田さんが所属していた東レと、「TMIP Innovation Award 2023」で最優秀賞を受賞した谷さんが所属している京セラの既存事業は、当然のことながら全く性質の違う事業ですよね。だから、既存事業を担当している者同士が話をしていても、あまり参考にならないと思うんです。

スタートアップに所属している人同士にも、同じことが言えます。やっている事業や組織のカルチャーや規模がまったく違うと、そこで生じる課題や壁もばらばらですし、もちろん参考になることもあると思いますが、「半年先に事業をスタートさせたから」といって、必ずしも同じ轍を踏むとは限りません。

しかし、大企業内での新規事業推進に関して言えば、所属する会社が違ったとしても、上長とのコミュニケーションや稟議の通し方などなど、多くの人が同じような壁に直面します。だからこそ、少し先を走っている人の言葉は大いに参考になる。そういった意味でも、社外の仲間の存在はとても大きいと思います。

それに、稟議を通す上で、「他の企業がこういうやり方で成功していた」という事実が後押しになる場合も多い。どうしても稟議が通らないとき、たとえば「東レはこんな風にやって成功した」という一言が状況を変えることがあるんです。だからこそ、社外の方々と交流を持ち、現状や意見を共有することはとても意味があると思います。

TMIPのサポートが他と違う理由。そこから生まれた新たな事業

——TMIP Innovation Awardは共創型アワードであることが特徴的ですが、そこからMOONRAKERS』とのコラボレーション企画に繋がった経緯を教えてください。

中川:守屋さんもおっしゃった通り、大企業には新規事業に挑み続けられるだけの体力がありますし、大企業ならではの新規事業推進の通し方があると思います。そういった意味でも大企業発の新規事業への注目度を上げていきたいですし、事業伴走ではひとりひとりの事業フェーズに寄り添い、丸の内エリアのアセットを活用することで事業成長に繋がるような機会をスピード感もって提案することを意識しています。

西田さんとお話する中でも「先端技術の素晴らしさを知ってもらう」ことを何よりも大切に、事務局としても提供できる施策をいくつか考えていました。そういった状況の中で2025年58日から10日にかけて開催された、アジア最大級のグローバル・スタートアップ・カンファレンス「SusHi Tech Tokyo 2025」へのブース出展が決まっていましたので、国内外からの参加者5万人以上に向けて一緒に発信をしないかとお声がけをさせていただいたのが『MOONRAKERS』とのコラボレーション企画がはじまったきっかけです。

どのような企画にするかブレストをしていた際、企業がイベントに出展する際につくる、お揃いのTシャツに関する話になったんですよ。その中で「あのTシャツって、結局パジャマになっちゃってもったいないですよね」という話になって。

西田:その話を聞いて、僕も「たしかにな」と思ったんです。コラボレーション企画をするのであれば、同じTシャツを着て出たいと思いましたし、せっかくなら着続けられるものをつくりたいと思ったので、「『MOONRAKERS』のTシャツ胸に、TMIPのロゴをプリントしましょうか」と提案したんです。当時、企業からオーダーを受けてロゴなどをプリントしたことはなかったのですが、技術的にもコスト的にも問題なく対応できると思ったので。

そうして、TMIPのロゴをプリントしたTシャツをつくってみたら、中川さんを始めとするTMIP事務局の方々が想像以上に喜んでくれたんです。せっかくならこのストーリーを発信したいと思い、『MOONRAKERS』のサイトに特設ページをつくりたいと提案したら、中川さんが「じゃあ、一緒につくりましょう」と、掲載するメッセージとデザインの叩きをつくってくれて。

中川:私たちがつくった素案を元に、最終的には西田さんの方でWebページを仕上げてくれました。完成版を見たとき、そこにあるメッセージを見てしばらく眺めるくらいとても感動したことを覚えています。「TMIP Innovation Award」を通して実現したい世界を汲み取っていただけたことはもちろん、一緒に挑戦する仲間を増やして、横のつながりを繋げていく、このプロジェクトの輪郭が見えた瞬間でもあったからです。

MOONRAKERS×TMIPの特設ページ( https://moonrakers.jp/collections/tmip

西田:そうして特設ページを公開したところ、堰を切ったようにさまざまな企業から「うちもオリジナルTシャツをつくりたい」と問い合わせが入るようになりました。

実際、まだ名前は出せないのですが、誰もが知る大企業で労働環境のウエルネスを上げるユニフォームの実験検証が始まっていますし、他にも過酷な環境で働いている従業員のみなさんのユニフォームとして採用したいという企業からのオーダーも来ています。そうして、本格的にtoB事業に乗り出すことを決めたんです。

toB事業がどれだけ成長するかはまだわかりませんが、いま振り返ると、この事業の種になったのは、中川さんを始めとするTMIP事務局のみなさんの笑顔でした。試作品をお持ちしたとき、みなさん本当に喜んでくれて。その笑顔を見て、「PRINT SERVICE」という手段で、もっとたくさんの人に喜んでもらえるのかもしれないと気付いたんです。

先ほどお話ししたように、『MOONRAKERS』は「目の前の人に感動してもらうこと」にフォーカスしたことで、事業として大きく成長することができました。今回、toB事業を立ち上げたのも「目の前の人の笑顔」がきっかけになっているという意味で、『MOONRAKERS』らしいストーリーだと言えるのかもしれません。

「SusHi Tech Tokyo 2025」出展(https://www.tmip.jp/ja/report/11569

表彰で終わりではない。TMIPは、共に新規事業にチャレンジする仲間

——西田さんから見て、TMIPとはどのような存在なのでしょうか。

西田:大企業で新規事業を担当している人たちにとって、TMIPはとても大きな存在です。大企業発の新規事業にフォーカスしたピッチイベントやそういったイベントを運営する団体は徐々に増えてきていますが、私が知る限り、その走りはTMIPであり、大企業による新規事業開発が盛り上がるきっかけをつくった存在だと思っています。

先ほども言ったように、大企業の新規事業担当者の多くは孤独を抱えています。巨大な組織の中で、ときに後ろ指を指されながら必死にチャレンジする新規事業担当者に光を当ててくれたTMIPの存在は大きい。MOONRAKERS TECHNOLOGIESはすでに東レからスピンオフしていますが、かつての私も大企業の中で孤独なチャレンジをする一人だったので、とても感謝しています。

今後、日本の大企業が次々と新規事業を生み出し、その新規事業が世界を変える可能性はあると思っていますし、そうならなければいけないと思っています。未来がどのようなものになるかはまだ分かりませんが、少なくとも大企業が本気で新規事業に取り組む流れをつくったのは、TMIPだと私は思っています。

中川:ありがとうございます。私たちTMIPは、オープンイノベーションプラットフォームとして会員企業のみなさんに伴走する立場でもありますが、このプラットフォーム自体が一つの挑戦プロジェクトでもあるんです。三菱地所という組織の中で、試行錯誤を繰り返しながら運営をしてきましたし、これからも新しい価値を生み出していかなければなりません。

そんな中で開催された、通算2回目となる2024年の「TMIP Innovation Award」への注目度は高く、最終選考の会場にはたくさんの方にお越しいただき、立ち見が出るほどの超満員になりました。その環境のなかで、西田さんたちが熱を込めたピッチを展開したとき、その熱が観客のみなさんに伝わっていくのを感じて、これまでやってきたことが間違いじゃなかったのだと確信しましたし、そのとき感じた感動は今でもしっかりと覚えています。

それに、今日のお話を通して「TMIP Innovation Award 2024」で出会ったメンバーが一緒に挑戦する『仲間』として、みなさんの事業を加速させる大きな役割を果たしていることを知り、このアワードの役割と価値を再認識すると共に、私たちも一層努力していかなければと思いました。

西田:私たち『MOONRAKERS』にとっては、TMIPは単なる「プラットフォームとアワードを運営する存在」ではなく、「共に新規事業にチャレンジする仲間」です。これからも手を取り合いながら、それぞれの事業に邁進していきたいですね。

「新規事業はクセになる」――その面白さを感じてもらいたい

——守屋さんは「新規事業への挑戦」を、どのように感じていますか?

守屋:世の中にはいろんな事業があるじゃないですか。事業として成立しているということは、その事業が誰かに求められているということであり、誰かを喜ばせているのは間違いありません。規模の大小を問わず、あるいは「既存/新規」を問わず、お客様から「ありがとう」と言われてこそ事業は成り立つのであって、「ありがとう」と言われ続ける限り、その事業には等しく価値がある。

けれども、事業を運営する側の目線で言えば、やはり「すでにあるもの」を左から右に流して「ありがとう」と言われることと、これまでなかったものを自らの手で生み出し、それを届けることによって「ありがとう」ことの間には大きな差がある。ゼロから事業を生み出し、その価値を認めてもらう経験には、その人の一生を左右してしまうほどのインパクトがあるんです。

私自身、これまでいくつもの新規事業を手掛けてきましたが、仲間たちと協力しながらこれまでになかったものを生み出し、それに対して「ありがとう」と言ってもらうことは、何度経験してもしびれますし、そこには何ものにも代えがたい喜びがあると感じています。

——西田さんはいかがでしょうか。

西田:守屋さんとほぼ同じですね。私は東レで30年ほど働きましたが、そのうちいわゆる既存事業を担当していたのは新入社員時代も含め5年間だけなんです。ゼロイチで立ち上げた新規事業に対して「ありがとう」と言ってもらえると、既存事業では感じたことのない喜びが得られ、またそんな経験がしたいと思うようになる。そういった意味で、新規事業はクセになるんですよ(笑)。

私にとって『MOONRAKERS』は3つ目の新規事業で、まだまだ発展途上です。立ち上げた当初は、さまざまな壁もあり「今度こそ、失敗に終わってしまうかもしれない」と思っていました。しかし、何とか順調に成長させられ、今ではさまざまな方から大きな期待を寄せてもらえる事業になりました。

これから先、事業がどうなるかは分かりませんが、さまざまな可能性があるのは間違いありません。たとえば、海外展開。これはまったく不可能なことではなく、むしろ、やろうと思えば明日にでも海外に発ち、準備を始めることが可能です。なぜならば、世界中にある東レの支社とそのネットワークを活用することができるからです。

大企業発の新規事業の魅力はそこにあると思っています。つまり、膨大なリソースやグローバルなネットワークを活用することで、どのような未来でも描くことができる。もちろん、この事業によって、社会を大きく変革することだって可能だと思っています。こんなにワクワクすることなんて、他にありませんよ。

中川:お二人のお話を聞いて、まずはたくさんの人に「新規事業に挑戦する“選択肢”があること」を知ってもらいたいと思いました。「TMIP Innovation Award」には新規事業に挑戦する方々がこれからも集まってきます。西田さんのように出向起業やクラウドファンディングといった新たな道を切り拓いていく方もいれば、自社のネットワークを基盤に事業化に挑戦する方も三者三様です。正解がないからこそ面白いですし、会社の垣根を越えて繋がっていく、既存事業にはない発見もあるかと思います。

新規事業に挑戦する面白さを知る人が増えていけば、さまざまな企業に、あるいは社会に「新規事業に挑戦すること」を当たり前とする文化が根付いていくのではないかと。TMIPとしてはこれからも守屋さんや西田さん、会員企業のみなさんの力を借りながら、そういった文化醸成に取り組んでいきたいと思っています。

西田:繰り返しにはなりますが、TMIPの存在は大企業で新規事業に取り組むみなさんを元気づけているし、それは日本社会を盛り上げることにもつながると思っています。TMIPの活動がこれからも続いていくことを心から願っていますし、共に新規事業の推進を通して、日本を盛り上げていきたいですね。

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