2025年5月22日、TMIPは2025年度報告会を開催。「共創」を起点とした大企業変革と、イノベーションエコシステムの更なる拡大に向けて、早稲田大学大学院 早稲田大学ビジネススクール 教授の入山章栄氏と新規事業家の守屋実氏をゲストに迎えたキーノートセッションをはじめ、2024年度の活動報告やTMIP会員による活動紹介を実施しました。
大企業による事業創出は、いまどのようなフェーズにあるのでしょうか。7期目を迎えたTMIPでは330団体を超える大企業コミュニティを基盤にさまざまなプレーヤーによる共創プロジェクトが動いています。新規事業のさらなる「深化」に向けて、報告会で語られた内容をレポートします。
“事業開発ごっこ”は終わり。本気の新規事業創出が始まった
本イベントでは、「共創による大企業変革、イノベーションエコシステムの未来」と題したキーノートセッションを開催。登壇したのは、入山章栄氏、守屋実氏、三菱地所で丸の内事業統括を務め、一般社団法人 大手町・丸の内・有楽町地区まちづくり協議会の理事長でもある荒木治彦の3名です。
セッション冒頭、モデレーターを務めた入山氏が大企業による新規事業創出の現状についての所感を尋ねると、守屋氏は「いい感じに進んでいると思う」と前向きな見解を示し、こう続けました。
守屋氏「少し前までは、『よそがやっているから、うちもやる』というスタンスで新規事業に乗り出している会社も少なくなかったと思っています。言葉を選ばずに言うと、“事業開発ごっこ”が流行っていたわけですね。もちろん、それではうまくいくはずもありませんが、中には本気で新規事業に向き合っている会社もいて、そういった企業から成功事例が生まれてきた。
徐々に成功事例が増加したことで、大企業のみなさんが『もしかすると、本気でやればチャンスがあるのでは』と気付き始めたのだと思います。そうして多くの大企業の中で、新規事業創出に本気で取り組むスイッチが入ったのではないかと感じています」

新規事業家 守屋実氏
荒木も「同様の変化を感じている」と続けます。
荒木「TMIPを立ち上げた6年前、各社の新規事業担当者の多くが『新規事業って、そもそも何から始めればいいの?』など、基本的な情報を求めていたように思います。あるいは、新規事業がうまくいっている企業の方に『どのような事業をやっているのか』と尋ねるなど、TMIPは『情報交換の場』としての色合いが強かった。
それから6年が経ち、情報交換の場であることは変わらないのですが、交換される情報がより具体的なものになってきていると感じています。そして、実際にTMIPで出会ったことをきっかけに、事業共創に取り組む会員企業も増えている。この事実からも、大企業のおける新規事業創出が前向きに進んでいる実感を得ています」

三菱地所 丸の内事業統括/一般社団法人 大手町・丸の内・有楽町地区まちづくり協議会理事長 荒木治彦
企業から企業へ、人から人へ、熱量が伝播する「丸の内エリア」
続けて荒木は、丸の内エリア(大手町・丸の内・有楽町)が持つ価値についても触れました。
「私たち三菱地所自身、単独で新規事業に取り組もうとしたことで失敗してしまった経験は少なくない」と荒木。三菱地所がエレベーター内サイネージ事業を展開するスタートアップ企業・GRAND株式会社と共創したエレベーターメディア事業を例に挙げ、「他社と手を組むからこそ生み出せるビジネスがある」とし、丸の内を「共創の拠点」にすべく、まちづくりを進めていく方針を示した。
荒木「丸の内には、オフィスビルだけではなく、商業施設やイベントスペースなど、さまざまな空間が存在します。これらの活用法はさまざまです。たとえば、新たなビジネスを立ち上げる際、実証実験を行ったり、プロモーションに繋がるイベントを開催したりすることもできる。しかし、一企業が多様な施設を保有・運営するにはコストがかかりすぎます。
当社では、ビジネスを展開する上で必要ではあるけれど、個社での使用頻度は高くない施設を含めてまちの中に適切に配置し、まちが持つさまざま機能をその機能を必要とする企業に提供する、まち全体をワークプレイスに見立てた『まちまるごとワークプレイス構想』を推進しています」
荒木の言葉を受け、守屋氏は「『オンラインでつながっているのだから、空間を共有する必要はない』という考え方にも同意できる部分はある」としつつ、「同じ場所に集まること」の重要性を強調しました。
守屋氏「みんなで『熱量』を共有することが大事だと思っているんです。丸の内エリアには、たくさんの企業やさまざまな施設が集積しています。
当然、人と人の距離も近くなるので、誰かが持つ熱量が伝播しやすくなる。人の持つ熱量こそが事業を生み出す源泉なので、そういった意味では丸の内エリアは、新たな事業が生まれやすい環境になっていると思いますし、いい生態系ができているのではないでしょうか」
大企業によるスタートアップのM&Aが、日本を変える
セッションの終盤、「どうしても伝えたいことがある」と切り出したのは入山氏。氏が語ったのは、ある危機感と大企業への期待でした。
入山氏「大企業同士はもちろんのこと、大企業とスタートアップがコラボレーションをすることは両者にとって、そして日本という国にとって極めて重要なことです。そして、その出会いと共創を加速させる場所は間違いなく、ここTMIPだと思っています。
今後、特に期待したいのは大企業によるスタートアップのM&Aです。現状、日本における大企業によるスタートアップのM&Aはアメリカに比べると非常に少ない。アメリカにおいては、スタートアップのイグジットの90%が大企業によるM&Aなんです。一方、日本では95%がIPOで、M&Aは5%程度。これは非常に大きな課題だと思っています」

早稲田大学大学院 早稲田大学ビジネススクール 教授 入山章栄氏
入山氏が「イグジット全体に占める、M&A比率の低さ」を問題視するのはなぜでしょうか。その背景にあるのは、2025年4月に東京証券取引所が示した、グロース市場の上場維持基準の改革案です。この改革によって、2030年以降、上場から5年で時価総額が100億円に達しない企業は他市場に移るか、上場廃止を迫られることになりました。
「この基準が発表されたことによって、大手証券会社が主幹事業務を引き受けてくれなくなってしまう恐れがある」と入山氏。
入山氏「『スタートアップの主幹事を引き受けたところで、時価総額100億円には届かなさそうだからやめておこう』ということですね。ですから、このままいけば日本のスタートアップは冬の時代に突入することになってしまう。
ただし、東京証券取引所が示した新基準が問題だとは思いません。現状の低い上場維持基準は、上場後の継続的な企業価値向上に対するモチベーションを喚起しづらく、上場後の成長に伸び悩む、いわゆる「IPOゴール」を生み出す一因になっているのも事実ですから」
しかし、このまま新基準が適用されれば、時価総額100億円を見込めないスタートアップはどれだけ優れた技術・製品を有していたとしても、持続的かつ大きな成長を遂げるための資金を手にするチャンスがなくなってしまいます。その解決策になるのが、スタートアップによるM&Aなのです。そして、M&Aは大企業にも大きなメリットをもたらすと入山氏は言います。
入山氏「M&Aは大企業にとって、最もシンプルなオープンイノベーションです。M&Aによるイグジットが少ない日本ですが、現在でも『売り手』はたくさんいます。『買い手』さえ増えれば、日本のM&Aマーケット、ひいてはスタートアップマーケットも活性化するはず。
日本のスタートアップマーケットもようやくここまで大きくなったので、この勢いを殺さないためにも、あるいは自社の成長のためにも、ぜひ大企業で新規事業を担当してみるみなさまには、M&Aという選択肢も考えてもらいたいと思っています」
そんな入山氏のメッセージで、キーノートセッションは締めくくられました。
外部コミュニティとの連携を強化し、さらに共創を加速させる
キーノートセッションに続いて、TMIP事務局の大淵から、2024年度の活動報告と2025年度の方針説明が行われました。

TMIP事務局 大淵鮎里
■2024年度の活動報告
2024年度、TMIPが注力したプログラムは3つ。1つ目は、大企業発の新規事業を表彰する「TMIP Innovation Award」と受賞企業への事業伴走です。2023年に初開催されたこのアワードでは、京セラ株式会社のアレルギー対応食提供サービス『matoil』が最優秀賞を受賞。2024年度、TMIPは同サービスの事業伴走に注力し、丸の内エリアを中心に企業向けフードデリバリーサービス『MARUDELI』を展開する、三菱地所プロパティマネジメント株式会社との協業を実現するなど、事業の前進をサポートしました。
参考記事:TMIP Innovation Awardは、受賞事業に何をもたらしたのか——食物アレルギー対応サービス『matoil』が見出した新たな可能性
また、2024年12月4日に開催された「TMIP Innovation Award 2024」では、株式会社竹中工務店の新規事業『Archi-Hub』が最優秀賞を受賞、優秀賞は三菱商事マシナリ株式会社の『SPARE-MARKET』 東レ株式会社よりスピンオフで起業した『MOONRAKERS TECHNOLOGIES』という結果になり、さまざまな形での事業伴走が進行しています。
2024年度の注力プログラムの2つ目は、丸の内エリアを活用した実証実験です。その一例として大淵は、TMIP会員である三菱HCキャピタル株式会社、AGC株式会社、株式会社ジェイアール東日本企画(以下、jeki)による「ディスプレイ一体型ミラー『ミラリア®』を活用した新規事業の実証実験」を挙げました。
大淵「プロジェクトは立ち上げから半年で実証実験の実施に至りました。そのスピード感もさることながら、各社の強みをうまく掛け合わせて事業を進めているという点において、オープンイノベーションの好例だと考えております。
このあと、参加企業のみなさまからプロジェクトの詳細について共有していただく時間を設けておりますので、ぜひ注目していただきたいと思っております」
2024年度の注力プログラム、その3つ目として大淵が挙げたのは、東京都が運営する「多様な主体によるスタートアップ支援展開事業(TOKYO SUTEAM)」です。
TOKYO SUTEAMとは、都が「Global Innovation with STARTUPS」で掲げる 「10x10x10(5年で、東京発ユニコーン数10倍、東京の起業数10倍、東京都の協働実践数10倍)」を達成するための、さまざまプレーヤーによるスタートアップ支援策の実施を後押しする取り組み。TMIPは、株式会社野村総合研究所、グリーンタレントハブ株式会社、トークンエクスプレス株式会社と共にこの取り組みの重点分野である「環境・エネルギー・気候変動分野」の協定事業者に採択されました。
■2025年度の注力プログラム
つづいて、大淵は2025年度の3つの注力プログラムに言及しました。
1つ目に挙げたのは、昨年度に引き続き、TOKYO SUTEAMでの取り組みです。
TMIPは野村総合研究所らと共に「東京から環境・エネルギー領域の社会課題解決スタートアップを全国・世界へ。 Tokyo GreenTech Challenge」と題したプログラムを立ち上げ、環境・エネルギー・気候変動分野での事業を展開する、7社のスタートアップを審査の上、選定。
「2025年度はこのプログラムを本格稼働させ、各社の事業に伴走することを通して、東京都が掲げる『未来を切り拓く10×10×10のイノベーションビジョン』の実現に貢献していきます」と大淵。
また、2つ目は昨年度に引き続き「TMIP Innovation Award」の開催と受賞企業への事業伴走、3つ目の注力プログラムとして挙げたのは、コミュニティ間の連携プログラムです。具体的には、大手町を拠点にフィンテックビジネス創出を支援するコミュニティ&スペース「FINOLAB」と連携し、異業種共創を軸とした新たなプログラムを展開します。
大淵「私たちTMIPは、オープンイノベーションプラットフォームとして、さらなる成長を目指しています。今年もみなさまとともに、確かな歩みを進めていきたいと思っておりますので、活用にあたって何か相談や質問があれば、気軽に事務局までご連絡ください」
業種を超えた共創が生み出す「オフィス内広告」という可能性
大淵からの活動報告及び方針説明に続いて実施されたのは、TMIPから生まれた共創事例の紹介です。TMIPでの出会いを起点に、新規事業の共創に挑んでいる会員さまをお招きし、事業の概要や今後の展望を語っていただきました。
最初に登壇したのは、三菱HCキャピタルの本多正尭氏、AGCの藤城留美氏、jekiの塚原泰彦氏です。この三社はAGCのプロダクトである、ディスプレイ一体型ミラー『ミラリア®』を活用した新しい広告・情報配信の実証実験に取り組んでいます。

三菱HCキャピタル株式会社 本多正尭氏
3人を代表して、本多氏が実証実験の概要について共有しました。
プロジェクトが立ち上がったきっかけは、『ミラリア®』の魅力を広く伝えるために、このプロダクトを活用したサービスを立ち上げる協業相手を探していた藤城さんと本多さんが、TMIPのイベントで出会ったことだったと言います。
『ミラリア®』に魅力を感じた本多さんは、広告媒体として『ミラリア®』を活用することを提案。そして、総合広告会社であるjekiを巻き込む形で事業化に向けたプロジェクトがスタートしました。

©AGC Inc.『ミラリア®』は鏡としての機能を果たしつつ、その機能を阻害しない形で広告などを掲載できる
プロジェクトが始動してからわずか半年後、新丸ビルのオフィスフロアのトイレに『ミラリア®』を設置し、その広告効果を検証するPoCを実施。化粧品会社の広告を配信するのみならず、天気予報やニュースなど、多様なコンテンツを表示しました。
本多「設置期間が終了したのち、約400人を対象にアンケートを採ったところ、予想以上に好意的な声が聞かれました。正直に言えば、賛否が分かれると思っていたのですが、広告には付きものの『押しつけがましい』といったネガティブな意見も非常に少なかったんです。広告と天気予報などの情報に対する反応に大きな差がなかったことが意外でしたし、大きな発見でした」
2025年6月1日から、PoCの第2期がスタートしており、より多様な企業から広告を募り、広告効果の検証を進めている。本多さんは「新丸ビルに入居しているAGCさんのフロアのトイレに『ミラリア®』を設置してPoCを進める予定なので、AGCさんとお打ち合わせがある方は、ぜひトイレにお立ち寄りください」と参加者に呼びかけました。
参考記事:異業種3社によるスピーディな事業共創——ディスプレイ一体型ミラー『ミラリア®』を活用した新しい事業の可能性
「誰も取り残さない社会」の実現に向けた、アクセシビリティサークルの取り組み
続いて登壇したのは、株式会社リコーの岩田佳子氏と、リコーブラックラムズ東京(以下、ブラックラムズ東京)の白﨑雄吾氏です。両氏から共有されたのは、TMIPイノベーションサークル(※1)の一つである、アクセシビリティサークルとブラックラムズ東京の協働について。
リコーで聴覚障がい者向けコミュニケーションサービス『Pekoe(ペコ)』の開発に携わってきた岩田氏は、社会に「アクセシビリティ」という概念を根付かせたいという思いを抱いていたと言います。そこで、TMIPイノベーションサークルという枠組みを活用してアクセシビリティに関する取り組みを展開するための仲間を募り、アクセシビリティサークルを立ち上げるに至りました。
同サークルは、アクセシビリティを単なる福祉ではなく事業の観点からも捉え、社会的インパクトと経済的価値の両立を目指しています。2024年1月にはプレキックオフイベントを開催し、10社以上が参加。以降、定例会や体験会、グループワークを重ね、実践的な取り組みを進めていました。
さらにその活動を対外的に発信すべく、岩田氏は従来から共にアクセシビリティに関する取り組みを推進していたリコーのラグビーチーム、ブラックラムズ東京の白﨑雄吾氏に協力を打診。そうして、ブラックラムズ東京が企画していたユニバーサルデーに、アクセシビリティサークルとして出展することになりました。ユニバーサルデーは、さまざまな障害を抱える方々も含め、すべての方がラグビー観戦を楽しむための取り組みです。
2025年3月30日に開催されたこのイベントに、リコーを始めとしたアクセシビリティサークルに所属する4社が自社のプロダクトを体験してもらうためのブースを設置。会場に訪れた方々に、アクセシブルな社会を実現するためのプロダクトに触れていただきました。
岩田氏「会場で『(さまざまな企業、団体の)アクセシビリティに関する取り組みを知っていますか』というアンケートを実施したところ、約50%の方が「知らなかった」と回答し、また『アクセシブルな体験をできてよかったと思うか』という質問については、100%の人が『よかった』と回答してくれました。
私たちの活動はまだ始まったばかりですが、アクセシビリティという言葉を知ってもらい『よかった』と言っていただけでも大きな一歩だと思っています」

株式会社リコー 岩田佳子氏
続いてマイクを握った白﨑氏は、こうした社会活動にスポーツチームとして積極的に関わる意義を強調します。昨年度、250回を超えるホームグラウンド活動(地域貢献活動)を実施したというブラックラムズ東京。その活動を通じて、社会課題の本質的な解決を目指していると言いますが、その活動には企業との連携が不可欠だと力を込めます。
白崎氏「これまでの活動も、さまざまな企業の力をお借りすることで成り立ってきました。その経験から、スポーツチームと企業が力を合わせるからこそ実現できることは少なくないと確信しています。
スポーツの価値とは、『ボンド』と『アンプ』だと言われることがあります。つまり、スポーツには、『つなげる力』と『広げる力』がある。これらの力を、企業が持つさまざまな技術や、そこに勤めるみなさんが持つ思いと組み合わせれば、たくさんのことが成し遂げられると思っています。ぜひ、アウトプットの場としてスポーツを活用してください」

ブラックラムズ東京 クラブ・ビジョナリー・オフィサー 白崎雄吾氏
参考記事:誰一人取り残されない社会を実現する。TMIPアクセシビリティサークルとリコーブラックラムズ東京の挑戦
年度報告会/方針説明会の後には、軽食とお酒を交えたネットワーキングパーティーを開催。会場の至るところで自社の取り組みや事業運営に関するノウハウを交換する様子が見受けられ、ここからさらに新たな共創が生まれる期待感に満ちた場となりました。