【この記事は2025/12/12にxTECH ウェブサイトに掲載されたものです】
大企業における新規事業・イノベーション創出は、近年の重要な経営課題であり、事業のスケールアップや既存事業への波及などに取り組むイントレプレナーも増えつつあります。TMIPは「社内外の壁を越えて新たな価値・事業創出に取り組んでいる優れた事例」を表彰する制度として、「TMIP Innovation Award」を2023年に設立しました。※「TMIP Innovation Award 2025」開催概要はこちら
そして2025年11月17日、第3回の開催となる「TMIP Innovation Award 2025」の最終選考・表彰式を開催。最終選考に進んだ5事業の代表者によるピッチを経て、日経ビジネス賞、オーディエンス賞、優秀賞、最優秀賞が決定しました。
本記事では、そんな表彰式の様子をレポート。大企業発の新規事業の未来を見据えて進化し続けてきた「TMIP Innovation Award」の熱狂と、これまでを振り返ったTMIP事務局のインタビューをお届けします。
挑戦は連鎖する――3回目を迎えた共創型アワードの進化
「TMIP Innovation Award 2025」の最終選考・表彰式は、東京・丸の内を舞台にオープンイノベーションの現在と未来を探求する1Dayイベント「Marunouchi Crossing 2025」(ユーザベース主催、三菱地所特別協賛)の中で開催されました。その開会あいさつにおいて、三菱地所株式会社 代表執行役 執行役社長・中島篤は、アワード開催への想いをこう語りました。
中島「私たち三菱地所は、『丸の内は、次を問う。まちまるごとで未来へ。』をスローガンに掲げ、丸の内エリア全体を共創のプラットフォームにする“まちまるごとワークプレイス”構想を推進しています。2019年に発足したTMIPもその仕掛けのひとつであり、産・官・学・街の連携で事業創出を目指すオープンイノベーションプラットフォームとして、350を超える団体および2万8000人以上が参加する国内最大級のコミュニティへと成長しました。
TMIPが主催する本アワードは、大企業が新たな価値・事業創出に挑戦する優れた事例を共有し、イノベーションの可能性を広げていくことを目指しています。本日のこのイベントから、たくさんの出会いや交流、共創が生まれ、丸の内がオープンイノベーションのフィールドとしてますます発展していくことを期待しています」

また、最終選考・表彰式の開催に先立ち、TMIP事務局の大淵鮎里が本アワードの果たすべき役割や位置づけと、過去の受賞事業から広がった共創事例を紹介しました。
大淵「大企業の中にも熱い想いを持って新規事業に挑戦されている方は大勢いますが、その挑戦は時に孤独です。本アワードは、そんな挑戦を称え、次の挑戦を生み出す場として生まれました。大企業が立ち上げた新規事業を対象に、市場性や革新性、イノベーションマネジメントの工夫について発信。単なる表彰にとどまらず、事業成長の起点となる新たな挑戦や協力関係を生み出す共創型のアワードです。
実際に、本アワードから新たな共創が生まれ、イントレプレナーの挑戦が組織の中にも新しい動きを生み出し始めています。
2023年に最優秀賞を受賞したのは、京セラ発の食物アレルギー対応のオーダーメイドサービス『matoil』です。丸の内周辺でデリバリーサービスを展開するMARUDELIと連携してグルテンフリー・ヴィーガン対応のお弁当を共同開発したり、JR東日本スマートロジスティクスと連携して東京駅の冷蔵受取ロッカーを活用したお弁当の受け取りサービスを実現したりと、TMIPを通じて共創の輪が広がっています。
2024年に優秀賞を受賞した、東レ発のアパレル事業『MOONRAKERS』は、アジア最大級のスタートアップカンファレンス『SusHi Tech Tokyo』にTMIPとのコラボTシャツを出展。現在はtoB向けの事業にも着手し、労働環境に最適化された快適なユニフォームの開発を目指して大手企業との連携を進めています。
アワード創設から3年間で、累計109件の事業にエントリーをいただきました。挑戦は連鎖します。一人の思いがチームを動かし、組織を変え、社会を変えていく。私たちは、その挑戦の連鎖にこれからも伴走します」

最終選考に残った5事業
本アワードでは、過去5年間に大企業内で立ち上がった新規事業の中から、市場規模や革新性、社会インパクトとともに、事業創出マネジメントの仕組みや工夫など、さまざまな観点を踏まえ、最優秀賞候補として5つの事業が選定されました。
審査員および特別審査員として、以下の4名をお迎えしました。
入山章栄(特別審査員)
早稲田大学大学院経営管理研究科・早稲田大学ビジネススクール教授。専門は経営学。
守屋実
新規事業創出の専門家・新規事業家。ラクスルやケアプロの創業にも参画し、東京科学大学客員教授や内閣府有識者委員などを歴任。
藤本あゆみ
一般社団法人スタートアップエコシステム協会代表理事。文部科学省アントレプレナーシップ推進大使等を務める。
松井健
日経BP『日経ビジネス』発行人。ビジネス・企業領域を一貫して取材・編集。
■最終候補事業一覧 ※50音順
新規事業名:株式会社ECOTONE(Wellulu)
会社名:株式会社博報堂
代表者:堂上研
事業概要:ウェルビーイング産業共創プラットフォーム事業
新規事業名:サステナブルスター
会社名:東京ガス株式会社
代表者:新谷圭右
事業概要:20兆円の不動産アセットの脱炭素経営インフラ
新規事業名:CO2を食べる自販機
会社名:アサヒ飲料株式会社
代表者:菅沼剛
事業概要:CO₂を食べる自販機で地域資源循環・脱炭素を実現
新規事業名:Cheering AD
会社名:株式会社ジェイアール東日本企画
代表者:河原千紘
事業概要:ファンが出せる“推し”応援広告サービス
新規事業名:FIKAIGO
会社名:住友商事株式会社
代表者:菅谷百合子
事業概要:介護業界向け間接業務効率化SaaS
約7分間の最終ピッチでは、各事業の代表者が事業立ち上げの経緯や事業に込めた想い、今後の展望などを熱く語りました。審査員たちからは、市場インパクトやマネタイズ戦略、海外展開も含めた今後の展望や次なる本業となり得るかなど、さまざまな質問やコメントが飛び交いました。

5事業の最終ピッチの後、審査員たちからは「大企業のアセットをうまく活かしながら新しい事業を作られていて、壁も多いけれども本当に素晴らしいと感じた」(入山)「今年はオーディエンスの皆様も進化している。この一体感がTMIPの良さ」(藤本)といった称賛の声が上がりました。
また、ピッチや質疑の様子は、グラフィック・クリエイター 春仲萌絵さんによってリアルタイムでグラフィックレコーディングにまとめられ、会場内のモニターで公開されました。

市場ポテンシャルや事業の実行性、ピッチの練度などをもとに最優秀賞が決定
厳正なる審査の結果、最優秀賞に選ばれたのは、株式会社ジェイアール東日本企画の河原千紘さんが立ち上げた『Cheering AD』でした。

『Cheering AD』は、ファンが“推し”を応援するための広告を気軽に出稿できる、BtoC向けの応援広告プラットフォームです。韓国ではすでに一般的に広まっている「応援広告」を参考に開発されました。権利元への確認や媒体社への申込みといった手続きをCheering ADが担うことで、個人がECサイトを通して気軽に広告を購入できます。toB向けだった交通広告をtoCに転換するにあたっては、小口の申込の増加を見越し、審査にAIを導入するなどDX化を徹底して人件費を削減。「1億総推し活時代」といわれる今、市場のポテンシャルは高く、スポーツや地方創生など幅広い転用も期待されます。
最終ピッチ後の質疑応答では、「来年のアワードでも、最終ピッチに登壇する5名の応援広告をぜひ出しましょう」といったアイデアが飛び出したほか、聖地巡礼や現地に行くことに意味がある“推し活”ならではの「OOH広告の可能性」が言及されました。結果発表後、特別審査員である入山さんからは期待を込めたコメントが寄せられました。
入山「4人満場一致で選ばせていただきました。事業性も実行性も良く、伸びる余地がたくさんあります。日本中を“推し広告”で埋め尽くしてください」
『Cheering AD』のプロジェクトリーダーであり、自身もK-POPアイドルオタクだという河原さんは、受賞の感謝と喜びをこう語りました。
河原「自分が生み出した事業を、大企業の皆様が集まるTMIPという場でお話できたこと自体が、大変ありがたく思います。興味を持っていただいた方々とは、一緒に“推し活”を盛り上げていきたいので、ご連絡をお待ちしております」
その他の賞の審査結果は、以下の通りです。
日経ビジネス賞
東京ガス株式会社「サステナブルスター」新谷さん
副賞:日経ビジネス上での記事体広告1ページ

オーディエンス賞
住友商事株式会社「FIKAIGO」菅谷さん
副賞:三菱地所イノベーション施設運営部所管施設利用権

優秀賞(2事業)
東京ガス株式会社「サステナブルスター」新谷さん
アサヒ飲料株式会社「CO2を食べる自販機」菅沼さん
副賞:TMIP事務局による事業伴走支援【3か月】


TMIP Innovation Awardに込めた思い
「TMIP Innovation Award 2025」も過去2回のアワードと同様に、大盛況のうちに終了しました。今年は部署を上げての応援団がいらっしゃるなど、オーディエンスの皆様の一体感や新規事業に対する熱意がひしひしと伝わり、大企業の中で新規事業を立ち上げてイノベーションを起こすことの難しさと面白さを共有できた一日となりました。
3年目を迎えた今、TMIPが果たすべき役割や目指す未来も進化しています。TMIP事務局の大淵鮎里が、本アワードの成立背景や共創事例について改めて語りました。

TMIPに求められる役割の変化
――本アワードの設立時には、どのような課題感がありましたか?
大淵:スタートアップは事業内容を発信する機会も多い一方で、大企業にはそういった場や機会が乏しいという課題を感じていました。そこで、大企業の新規事業に特化した発信の場として3年前に始まったのが、この『TMIP Innovation Award』です。
――TMIPが2019年に活動開始から約6年、時代の変化も大きかったと思います。TMIPの役割も変化していますか?
大淵:近年は、オープンイノベーションや協業が新規事業創出のスタンダードになりつつあり、TMIPとしても“場”を用意するだけではなく、スピード感や実効性のあるつながりが求められていると感じます。コロナ禍やVUCAの時代を経て、企業の経営戦略の中にも『イノベーション』というワードが入るようになり、企業の皆様にとっても新規事業の創出は重要な経営課題となっています。特に、立ち上げた新規事業をいかに拡大していくか、社内でどう波及させて本業にインパクトを与えられるかが重要になっています。
――現在は『生み出した新規事業をどう育てていくか』に課題がシフトしているのですね。
大淵:そうですね。大企業の中にもイノベーティブ人材は増えている印象がありますが、事業は一人ではできません。大企業の中でやるならば、そのアセットを活用しながらスケールするほうが良いですし、そのためにも周囲を巻き込んで大きくしていく必要があります。
過去アワードの受賞事業のその後
――第1回アワード最優秀賞の『matoil』は、受賞後、TMIPを通じて2件の共創プロジェクトにつながったんですよね。
大淵:はい。1件目は、三菱地所プロパティマネジメントが展開する大丸有エリアのお弁当配送サービス MARUDELIとのコラボレーションです。MARUDELI側からは、『多様な人種・宗教の方が働く外資系企業のニーズに対応できるメニューがこのエリアには不足している』『コロナ禍を経てランチミーティングが増えたので、片手で持てるワンハンドメニューが欲しい』といった課題が挙がりました。それを受けて、matoilがグルテンフリー・ヴィーガンに対応したベーグルのメニューを開発し、MARUDELIに導入しました。
2件目は、TMIPコミュニティ内でJR東日本スマートロジスティクスとおつなぎしたことで、東京駅の冷蔵受取ロッカーを活用したお弁当の受け取りサービスが実現しました。共創を通して、ニーズや利用シーンなどの情報をJR東日本スマートロジスティクスさんに共有でき、実証実験を経て本格的なサービス導入につながりました。
――matoilの担当者からはどういったお声が聞かれましたか?
大淵:印象に残っているのは、『自分たちの事業はアレルギー対応だと考えていたが、本当にやりたかったのは“食の選択肢を広げること”だった。共創を経て視座が高くなった』というお言葉です。また、TMIPのエコシステムを活用されたことで、『事業の幅が広がった、チャレンジできて良かった』とも伺っています。
本アワードは表彰して終わりではなく、『共創プロジェクト』につなげて事業成長の起点を作り上げることに意義があります。matoilの事例からもそれが実感できたので、第3回のアワードもしっかりと確信を持って進めることができました。

TMIPは共創のための『接続』を担う
――丸の内エリアでの実証実験やコミュニティ内の協業のほかに、TMIPとしてはどのような支援をしていますか?
大淵:例えば、toCからtoBに転換して事業拡大するにあたっては、生産体制の整備やそのための場所や人材が必要ですし、広報・PRもtoB向けだと課題が変わってきます。そういったところをケースバイケースで支援いたします。
もちろん、すべてをTMIP事務局だけで完結しようとは考えていません。そのためにコミュニティ基盤を作ってきたので、新たなパートナーにおつなぎしたり、対話を通してニーズをすくい上げてもらったり、そういった『接続』の役割をこれからも担っていくつもりです。
――最後に、大企業でこれから新規事業を始めようとしている方や、すでに取り組んでおられる方に向けて、メッセージをお願いします。
大淵:新規事業は前例がない中で進めなければならないし、相談できる人も少なく孤独になりがちです。ですが、社内に閉じてしまうとスピード感も発想も限られてしまうので、オープンな場に出ていくことが何よりも大切です。本アワードのように発信できる場に参加することで、知見のシェアや成功の追体験などができます。ぜひ、来年度のTMIP Innovation Awardへのご参加をお待ちしています。
TMIPは、今後も新たな価値創造と共創のあり方を探求し、日本のイノベーション創出に貢献していきます。そして、新規事業担当者が取り組む事業創出およびイノベーションマネジメントの努力に寄り添いながら、‟本気の大企業”の事業創造を支援する取り組みを継続してまいります。
転載元記事 : https://xtech.mec.co.jp/articles/11823
撮影協力:EGG